2012.8.20
三代目奮闘記
第61回『熱を怖がるな』
熱を怖がるな 2012_08_20
10センチメートルの鉄の棒があったとする。この棒が1度C温まると、おおよそ1マイクロメートル伸びる。温度の変化に対する伸びの量は比例関係にあり、棒の長さが倍になれば、変化の量も倍になる。熱に対する金属の変化は、通常の温度域にある場合は割とシンプルである。1メートルの棒が10度C温まれば100倍の100マイクロメートル(0・1ミリメートル)の伸びだ。温度に対する伸びの量が材料によって変わってくる。これが線膨張係数と言われる値で、アルミは鉄より伸びが大きく、ガラスは小さい。
この数値的な感覚は、精密加工を行う時には非常に重要になる。正確に把握しておく必要はない。ただ、温度の変化がどれだけ精密加工に影響を及ぼすか、だいたいのところをぱっと頭で考えられると強い。
こんなことがあった。加工直後のシャフト状の製品の外形を測定しながら製造を進めた製品が、最終出荷検査でNGとなった。加工直後の製品が暖まっていたことが後に判明。材質はステンレス、製品の外形は20ミリメートル、出荷検査と加工直後の測定誤差はおおよそ4マイクロメートル。逆算すると、加工直後の温度は測定時の温度(22度C)に対して20度Cも高い42度Cだったことが分かる。お風呂の温度くらいの製品を測定していたということだ。
測定時の温度が重要なのは基本的なことだが、先ほどの例でも、許容誤差が0・05ミリメートルある製品なら全く問題にならず、逆に、その製品でシビアな温度管理をするのは明らかに無駄になる。
日本の加工現場はオーバークオリティーになりがちで、実は「そこまで必要ない」ということを把握することが重要だと思っている。恒温室もしかり、プラスマイナス0・5度Cの室温管理を売りにしている最新鋭の工場が、実は何十度Cも発熱する可能性のある加工機のモーターを気にしていなかったりとちぐはぐな例も多い。
機械の構造を見て、機械を実際に触ってみる。ここがこのくらい発熱しているということは、どのくらい変形しているはずだから、こういう影響がありそうだ、と頭の中で想像してみる。その数値が製品にとって問題があるかないか、そこを見極めることが重要で、何から何まで冷却して、温度コントロールしてと闇雲に熱の影響を毛嫌いする必要はないと思う。
実際には、数マイクロメートルの加工精度の領域を狙うと、必ずといっていいほど熱の影響が出てくる。そういう加工の時に特に意識をするためにも、必要のないところは手を抜くことも重要ではなかろうか。
「ほどよし」という超小型衛星が今度打ち上がるが、まさに、「程よい技術」がコスト競争力も生むことになるだろう。その力加減を把握する上でも、数値に対する感覚を磨いて行きたいところである。
(日刊工業新聞 8月20日付オピニオン面に掲載)