第51回『見直されるモノの価値』

見直されるモノの価値 2012_05_28

来週の今頃はフランス・リヨン周辺の工場を訪問している予定だ。今年2回目の渡仏。1週間ちょっとだが、今回も盛りだくさんの日程となりそうだ。フランス、スイスで開かれる展示会への参加、地元中小企業との具体的なビジネスミーティング、現地に拠点を持つ際の駐在員の住環境ヒアリングのために、現地在住の日本人との懇親会も計画している。 前回に続いて、今回もパリ以外での移動はレンタカーを利用することにした。

 

フランスではレンタカーのほとんどがマニュアル・トランスミッション(MT)車である。徐々に減ってきているとはいえ、欧州ではMT車の割合が日本とは比べものにならないほど多い。なぜだろう? 私も休日に趣味でMT車に乗っているが、運転の楽しさは圧倒的にこちらの方が上である。便利さを言えばオートマチック・トランスミッション(AT)車と比較するまでもない。

 

さらに最近では、サーキットを走るとしてもAT車の方が速いところまで性能が上がっている。 それでもMT車を選ぶのには、やはり、運転する上でのこだわりがあるのかもしれない。米国は圧倒的にAT車が多いと思われがちだが、実は近年、MT車の割合が増えているようである。MT車をどう定義するか、クラッチペダルの有無か? という曖昧(あいまい)さはあるだろうが、これは驚くべき変化に思える。車はかつて人・物を運ぶ道具だった。そこから、いかに快適か、便利かと変化し、どの車を見ても便利で快適になった時には、今度は乗っていて楽しいか、というところに到達したのだろうか。

 

私は最初から車ばかで、最優先は走る楽しみであったが、日本ではここ数年、車と言えばエコ一辺倒で、走る楽しみを語ろうものなら白い目で見らていた。しかしエコという性能も一巡し、ハイブリッドカーにも珍しさがなくなってきたところで、走る楽しみを見直そうという車が日本のトップメーカーから出始めたことはうれしい。 この現象は車以外のあらゆる工業製品に起きてくる流れだと私は思う。

 

人が使う道具でも、まずはできるかできないか、次にどれだけ楽に使えるか、最後はそれを使って喜びを味わえるか、この使う喜びを満足させるところは、人間の感性に訴えかけられるデザインであったり、卓越した感触であったり、精度感だったりするだろう。 そこには、われわれ製造業が長年培った経験値が生きるはずだ。
やや強引な想定かもしれないが、MT車が多い欧州には、職人技を大切にしてくれる、そこに価値を見いだしてくれる人が多いはずである。われわれの技術も大いに活躍できるだろう。フランスでのミーティングが楽しみだ。

20120528

(日刊工業新聞 5月28日付オピニオン面に掲載)