第60回『「WHAT」を形に』

「WHAT」を形に 2012_08_13

はやぶさのプロジェクトで有名になった、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の川口淳一郎先生の話を聞いた。プロジェクト自体が非常にドラマチックだったが、もっと印象的だったのは「どうやるか(HOW)よりも、何をするか(WHAT)が重要」という話だ。日本の教育はHOWは教えてくれるが、WHATを教えない−。いつも始めに問題があって、それをどうやって解くかを問われる。確かにそうだと思った。いくら問題の解き方がうまくなっても、問題を与えられないと活躍する機会がない。

 

今の日本の製造業はまさに、この問題に直面しているような気がした。どんな困難な問題(ユーザーの要求)にも答えてきたが、ユーザー側が思いもよらないような製品を、何もないところから作り出すことができていない。

 

由紀精密のような零細町工場はどうか。今までは、お客さまの求めるものを、いかに求められる通りに作るか、ということを目指し、それがうまくできれば成長できていた。要するにHOWがうまければよかった。

 

由紀精密が得意としてきたものは、長い棒状の材料を何本もまとめて機械にセットして、端から順番に連続的に旋削加工を行う、自動盤という工作機械の仕事である。主に、精度を要求されるブッシュやシャフト、ネジなどの部品を作る。文字通り、一度セットしてしまうと、自動で製品を作り続ける。セットにはノウハウも必要で、難削材と言われる材料を削るには自動ではうまくいかない。しかし、大半の部品は自動でできてしまうため、ランニングコストが圧倒的に安いアジア諸国への生産移管が進んでいる。もちろん、簡単には作れないものもあり、そのわずかな難しい部品を作ることで細々と自動盤仕事も続けているが、ボリュームは減っている。まさに作るものがなくなってきているのだ。

 

何を作るか。この答えをここ数年さまざまな方向から考えてきた。その中で、いくつかのアイデアが実を結び、今の由紀精密を支えている。しかし、企業の継続的な成長を考えると、常に新しいアイデアを出し、その中から利益につなげられるものを生み出すことは簡単ではない。そのためにはHOWだけでなくWHATを導き出せる人材を育成していく必要がある。

 

前向きに考えると、WHATを考えた時にすぐそれを形にできるのが決定の早い中小企業の特技でもある。どんどん形にして、それがどうだったかのフィードバックも早い。新しいことを考える人材を、仕事をしながら育成するには恵まれた環境ではないだろうか。川口先生の話からあらためて組織の人材育成の方向性を考えた。

20120813

(日刊工業新聞 8月13日付オピニオン面に掲載)