2013.6.3
三代目奮闘記
第94回『美しく芸術的に技術凝縮』
日本発の世界最高級品を作りたい。数年前からこんな想いがあった。日本の町工場の技術は世界一と言われながら、高級ブランドはスイス、フランス、イタリア、ドイツなど欧州の国に圧倒されている。日本のモノは品質が良いと認められていても、それ以上の付加価値がつけられていない。
浅岡肇氏に出会った。本連載でも過去に一度紹介したが、彼は独立時計師と呼ばれ、一人で超複雑な機械式時計を作る。彼の時計は数百万円の値段が付き、海外からの評価も非常に高い。由紀精密の主力設備はスイス型CNC自動旋盤。もともと精密な時計部品を作るために開発された機械。浅岡氏が由紀精密を訪問し、すべての機械を時間をかけて入念に回った。彼が言った事は、「由紀精密ならほとんどすべての部品を作れる」。
浅岡氏の手作業の時計作りに、由紀精密の最新の加工技術が加われば、今までになかった部品設計ができる。自然と共同で時計を作りたい、という想いが高まった。大沢二郎氏は日本有数の工具メーカーOSGの常務である。OSGの作る工具は世界中の高精度な加工を支えている。彼もこの分野に関して日本の強みを十分に理解し、世界に向けて発信したいという強い想いをもっている。
3者の想いが一つになり、「プロジェクト・トゥールビヨン」がスタートした。トゥールビヨンとは、機械式時計の中の機構の一つで、時計が姿勢を変えた時に時間に狂いが出る事を克服しようと考えられた。この機構は部品が多く、それぞれの部品を極めて高精度に作る必要があるため、数ある機構の中でも、超高級時計に搭載される代表的なものである。このトゥールビヨンを搭載した最高品質の時計を、浅岡氏の設計、OSGの工具、そして由紀精密の精密加工で作る。この組み合わせなら世界でも十分に勝算がある。
浅岡氏の設計は3次元CADで行う。設計の際、古典的な機械式時計の製造方法に制約を受けることなく、最新の工作機械ならこうできる、という挑戦的な設計を行う。性能的には良いという事が明白だが、加工が難しいため使われていなかった材質をどんどん取り込む。軽さが必要な所にはチタン、熱膨張を嫌う所にはインバー材、という具合。一部の軸受に、ルビーの代わりにミネベア製の世界最小ボールベアリングを用いた。これにより姿勢による摩擦抵抗の変化を軽減する。技術的に新しい取り組みが、美しく芸術的に直径4センチメートル強の空間に凝縮される。
筆者はこの時計ムーブメントの一部を持って、6月13日からスイスのジュネーブで開催される精密部品展示会に臨む。OSGブースでの出展だ。世界に認められる、日本発、最高級モノづくりブランドを確立する。世界の反応が楽しみだ。
(日刊工業新聞 6月3日付オピニオン面に掲載)